思い出日記

DREAMS COME TRUE 「マスカラまつげ」

あの日のあの人にとって、あの日の私はきっとどうでもいい女だった。
だけど、どうでもいい女である私は、あの人に会う数日前から、新しい服を買ったり、鏡の前に何度も立ったり、ダイエットをしてみたりしていた。きっとそれは全部どうでもいいことだった。
今は、そんなことをこんな風に文字にしてみることも出来る。でも、あの日の私に今の私が「それ、ぜんぶどうでもいいことだよ」なんてとてもいえない。女の人というものは、そういったどうでもいいように思えることを積み重ねて、ようやく自分自身を支えていることを知っているからだ。
あの日、私はあの人に私の気持ちをやっとの思いでほんの少し伝えた。あの人は私の気持ちを9割理解しながら、1割も理解していないふりをした。それは、きっと二人のためだった。
その日、私は夜中じゅう起きていて、今まで我慢して食べなかったものを次々と食べて、飲んで、泣いた。
あの日の私は、あの頃の私は、自分の外面ばかり気にして、あの人が本当に求めていることの1割も理解していなかった。だから、あの人は、ひどいようなやり方で、私が自分からあの人のそばを離れていくようにしむけた。
今なら、あの人の求めていたことは理解できるし、それは、きっと私では答えられなかったことも理解が出来る。だけど、今日も明日もこの世界中にいる「私」は「あの人」の為に、何度も綺麗にマスカラを塗りなおす。それが、「あの人」をつなぎとめる唯一の鍵であるかのように。