支離滅裂な映画日記

hirocco2005-08-03

ジョゼと虎と魚たち(通常版) [DVD]

ジョゼと虎と魚たち(通常版) [DVD]

何なんだ。こんな後を引く映画、初めてだ。見終わった直後よりも、そのあと歯磨きをしているときに切なくて切なくて苦しくなった。何なんだ。
泣いた場面は1ヵ所だけだった。ジョゼが恒夫の背中をつかんで泣く、玄関のシーンだ。だけど、一番後を引いているのはこの場面じゃない。やっぱりあれだ、恒夫が最後に泣き崩れる、あの場面だ。そこは泣けなかった。原作を読んでいた私にとって、映画の最後の部分はあまりにも突然の展開で正直動揺していた。動揺が強すぎで、恒夫の涙を感じ取る余裕がなかった。ジョゼがご飯を用意している、あの台所の扉が開きますように。それを本気で祈ってしまった。それほどに恒夫の涙は圧倒的だったのかもしれない。くるりの曲が流れるエンディングもあんなに楽しみだったのに、うろ覚えだ。


この気持ちは何なんだろうと、ずっと考えた。別れてしまっただれかのことを私は今でも本当は大好きなのかと、数人の顔を思い浮かべるが、どうもこの気持ちとは違う。懐かしいけれど、切なくはないのだ。今朝起きてからも、恒夫の涙が頭から離れない。そのたびに胸がしめつけられる。ゆっくりだ、時間はたくさんあるのだから、ゆっくり丁寧に私自身をひもといてゆけばいいのだ。
恒夫の涙、ひとりで食事の支度をするジョゼの凛とした姿、餞別を渡すジョゼ、このあたりから考えればいいのだ。


【餞別を渡すジョゼ】
これは簡単だ。今まで私は何度もああやって、別れを繰り返してきた。喧嘩して顔も見ないで別れるなんて一回もしていない。全部ああやって、いい人ぶって別れてきた。またすぐに会えるような顔をして、二度と会うことはない別れを。それを思い出して切なくないわけがない。


【恒夫の涙】
付き合っていくと、愛が情に変わってしまう。きっと恒夫はジョゼを愛していた。いとおしく思っていた。だけど、恒夫は普通の男なのだ。ジョゼの全部を丸ごと愛することは難しい。だからジョゼを一人にしてましった。
だけど、本当はすぐにでも会いにいきたいのだ。愛しているからではない、恒夫はいつまでも想像しなければいけないのだ、これからのジョゼの孤独を。ジョゼは真っ暗な孤独からやってきて、また何も見えない真っ暗な孤独へ帰っていっただけなのだ。だけど、一度光を知ってしまったら暗闇は以前よりもジョゼを痛めつけるだろう。それをわかっていても、恒夫にはもうジョゼを受け入れることができない。せめて、友人として連絡が取れたら、ジョゼが寂しいときに駆けつけることができたら、恒夫はこんなに苦しまないだろう。情がかきたてる想像は、恒夫を捕らえて、放さない。
全部を捨てるか、全部を受け入れるか。恒夫はジョゼの全部を捨ててきたのだ。そして、ジョゼと一緒だった自分も捨ててきたのだ。涙は、ジョゼと自分自身のためのものなのか。


【ひとりで食事の支度をするジョゼの凛とした姿】
これだった。これが私の切なさをとめどなく引き出した理由だ。ジョゼの気持ちを思うともちろん切ないのだがそれ以上に、この場面が私の胸をえぐったのだ。


切なく思う相手は、付き合った人たちでは、なかった。
切なく思う相手は、最後のジョゼのように、自分のためだけにご飯を作り、毎日暮らしていた、あのころの私だ。


同棲相手との、出口のない生活に疲れ果て、ただひとりになりたかった。ひとりできちんと暮らす生活はとても清らかで、切ない日々だった。だけど、切ないのは数日で、私はただきちんとした清らかな毎日に慣れていった。毎日きちんと早起きをして会社に行き、定時で帰り、レンタルビデオを見た。土曜日の朝は映画に行き、掃除をして、日曜日はまたレンタルビデオを見た。土日はだれとも口をきかなかった。ひとりの時間は私にとてもやさしかった。私はこのまま一生こんな日々を繰り返すのだとぼんやりと思っていた。どうも私は結婚に向いていなさそうだったし、そのとき勤めていた会社は定年まで働けそうだった。清らかな日々を私は愛していた。私が切なく思っていたのは、そんな私だ。


私は、あのころの私を、愛していたのだ。


ジョゼと虎と魚たちは、何かを無くした時には絶対見てはいけないと思う。無くした何かを思って胸が張り裂けてしまうからだ。だけど、無くしたものが何だったか忘れてしまったとき、必ずそれを思い出させるだろう。そして、この世のものとは思えぬほどの切なさで私を満たすだろう。いつも、いつも、いつも。


ジョゼをみた後の感覚に一番近かったのは、クロエだ。

クロエ デラックス版 [DVD]

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その理由も今はわかる。
クロエを見たのは、結婚相手と交際をはじめて間もなくのころだった。私はあの清らかな日々を少しずつ失っていた。私は新しい私になりかけていた。新しい私になりかけている自分が少し切なかった。