映画日記

「BeeSeason」

日本で言うと、漢検みたいなものだろうか、英語のスペリングコンテストを軸にしたお話。
審判が「season」といった後に、「エス・イー・エー・エス・オー・エヌ」と答えるのがルール。
スペリングコンテストといえば「Akeelah and the Bee」はもうDVDになったのかしら?ともあれ、「Akeelah and the Bee」よりも後に知ったこの「BeeSeason」を先に見ることになった。
いろんな要素が含まれた作品なので、様々な角度から見ることが出来ると思う。私は、一番わかりやすい親子間の問題を軸に鑑賞。
幼い子供は、たとえどんな親であれ、親に好かれることを意識している。声に出さなくても子供はいつも「愛して」ほしがっているものだ。娘のイライザも、父親の関心が兄・アーロンにあるのを知りながら、「愛して」というサインをひそかに発信していた。父の指導を受ける兄を2階からうらやましそうにこっそりと見るイライザ。けれど、イライザが驚異的なスペリング能力を発揮しだしたことにより、父の関心は一気にイライザへと傾く。
リチャード・ギア演じる宗教学者の父親は、ユダヤ教神秘主義と言葉の神秘性を研究する大学教授。スピリチュアル的にスペリングを行う娘は父親にとって宝物になった。そしてもうひとつの宝物アーロンは自分の輝きを別の場所で見出そうとする。同時に、幼少期のトラウマを抱えたジュリエット・ビノシュ演じる母親は、ゆっくりと破滅への道のりを歩んでいた。
まわりから見れば、良い夫であり、良い父親であったが、本当の意味で彼は家族とつながっていなかった。彼以外の家族がみんな、彼に合わせて生活をしている。そのことに彼だけが気づいていなかった。イライザの能力にのめりこんでいくほど、解けていく家族の絆。
イライザが最後にとった行動は、彼を立ち止まらせるための行動だったと思う。まわりの景色がわからないほどに走っている彼を立ち止まらせるには、イライザがああするしか方法はなかった。イライザにとっては、それぞれがすべて大切な家族だからだ。イライザの微笑みはとても印象的だった。
子供は親の所有物ではない。そうわかっていても、時に親は子供を自分の思い通りに作り上げようとしてしまう。
子がいない私には想像もつかなかったのだが、とても優秀な子を持つ父親からおどろくようなことを聞かされた。「親は、子供をつかって競争している部分がある」というのだ。「優秀な子供」=「優秀な親」という価値観がこの世界には存在するらしい。
そうしてみると、私の母親はまったく種類の違う親であった。いくら学校での評価がよくても、彼女はまったく評価しなかった。彼女は世間の基準ではなく、彼女自身の基準で私を評価していた。私も彼女のような母親になりたいと、思う。